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はじめてのファンと、公式ブログ・公式ニュースにくわしいファンが、この記事を一緒に読み解きます。
💡 卒業セレモニー … 卒業するメンバーのためにライブ内や単独公演として行われる送別セレモニー。手紙の朗読や花束贈呈などが行われ、感動的な演出が多い。
💡 アンダーライブ … 選抜に入っていないアンダーメンバーが主役のライブ公演。独自のセットリストで行われ、メンバーの底力が見られる場として根強い人気がある。
💡 個別握手会 … ファンが特定のメンバー1人と短時間直接話せるイベント。好きなメンバーの券を選んで購入する方式で、CDの複数枚購入に券が封入される。
💡 アンダー … シングルの選抜メンバーに選ばれなかったメンバーの総称。選抜落ちではなく独自の楽曲・ライブ活動を行い、アンダーライブなど専用コンテンツが充実している。
2014年10月18日、パシフィコ横浜での9thシングル「夏のFree&Easy」発売記念個別握手会をもって、2期生の矢田里沙子と米徳京花が乃木坂46を卒業した。
伊藤寧々は2014年10月18日のパシフィコ横浜握手会が最後の握手会となり、翌19日のアンダーライブをもって乃木坂46を卒業した。
卒業挨拶のセレモニーにて、矢田里沙子への手紙を伊藤かりんが、米徳京花への手紙を鈴木絢音が、伊藤寧々への手紙を伊藤万理華がそれぞれ読んだ。
伊藤寧々は卒業挨拶で、15歳の時に一人で上京してこの世界を目指し、多くの人に助けられながら乃木坂46という大きなグループに入ることができたと述べた。活動期間は「3年間とちょっと」と表現した。
伊藤寧々は卒業発表が突然だったことと、この先の明確な行き先や目標をファンに伝えられないことを謝罪しつつ、自分の中にやりたいことはっきりしていると述べた。乃木坂から距離を置き、自分の人生をゆっくり考えていきたいと語った。
伊藤寧々は自身をアイドルとして「少し無愛想で、かわいい釣り対応もできない、アイドルに不向きだったかもしれない」と振り返りつつ、ファンが「人として好き」「素のままを好き」と言ってくれたことがアイドルとして最も嬉しかったと述べた。
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伊藤寧々が乃木坂46を卒業することが決定。本人からの申し出を受け、2014年10月19日(日)のアンダーライブ セカンド・シーズン「スペシャル公演」をもって卒業することが発表された。
出典: nogizaka46.com2014年10月19日のアンダーライブ スペシャル公演にて、伊藤寧々の乃木坂46としての最後の活動となる卒業セレモニーが行われた。お母様からのお手紙朗読や伊藤万理華が書いた肖像画のプレゼントがあり、メンバーが号泣する場面もあった。
出典: nogizaka46.com市來玲奈が乃木坂46を卒業することが公式サイトで発表済みであり、7月13日パシフィコ横浜個別握手会に不参加。9thシングル全会場分の参加券は2014年7月21日@幕張メッセ(4〜5部)で振り替え使用可能。
出典: nogizaka46.com研究生の矢田里沙子・米徳京花の2名が学業専念のため活動辞退を申し出た。本人たちが悩み抜いた末の決断とされている。
出典: nogizaka46.com伊藤寧々は、ドラマ・映画・ファッション雑誌・バラエティ番組など自分がやりたかったことをひとつひとつ叶えられたとし、「乃木坂に入って後悔したことは1ミリもない」と語った。
矢田里沙子は2013年5月にファンにお披露目された2期生で、卒業までの活動期間は約1年半だった。楽しいことも辛いこともあったがファンやメンバーに支えられたと語った。
米徳京花は中学1年生だった2012年1月の成人の日(横浜が大雪の日)に2期生オーディションの願書を最終日に提出。後にその日パシフィコ横浜で乃木坂46の握手会があったことを知った。
米徳京花は約1年半の活動の中で神宮球場でのライブが自身にとって最後のライブでもあり、最も心に残っていると語った。また、夜遅くまでレッスンがあり毎日駅に迎えに来てくれた母への感謝も述べた。
米徳京花は卒業後はファンの一人として乃木坂46を応援し、「日本一のアイドルグループになった乃木坂46を見て、私もその一員だったと自慢する日を夢見ている」と語った。
2013年11月17日のスペシャルイベントをもって、柏幸奈と宮澤成良が乃木坂46を卒業した。イベント内でファンへの最後の挨拶を行った。
岩瀬佑美子は3rdシングルの活動をもって乃木坂46を卒業。2012年10月27日のパシフィコ横浜での個別握手会にてファンへ直接挨拶を行った。
出典: nogizaka46.com